奴隷市場Renaissance
ruf ★★イントロダクション★★ロンバルディア貴族の次男として生まれた「私」は、家督を継ぐ長兄と、宗教界に進んだ次兄とは別の道を選び、軍隊に人生を捧げることになった。陸軍参謀として任期についた私を待っていたのは、極めて重大な任務だった。
1618年のこと――東方の異教徒、アイマール帝国との争いを回避するため、我らがロンバルディア同盟は帝国に、最後の切り札ともいえる老獪な全権大使バルバリーゴ伯を派遣する。
私は彼の随員の一人として、ともに帝国の首都、コンスタンティノヴァールへと渡航した。
その年は、すべての交渉が決裂し、後世にいう「東方七年戦争」の始まった年である。
帝都コンスタンティノヴァールに着いた大使と私たち随員は、ロンバルディア大使館に仕事場を構え、若手の私は、近くの一軒家を借り切ってそこを宿とすることになった。
慣れない一人住まいをすることになった私を助けてくれたのは、遠い親戚でもある旧友のファルコ――私より少し年上で、大使館に勤める傍ら、貿易の仕事でも成功している彼は、私の実の兄以上に、私の親身になっていろいろ教えてくれた。
「なに?召し使いも連れずに来たのか。
それはなにかと不便だろうな。
よし――」ヴェネツィアでは有名なプレイボーイとしても名高いファルコは、まだ右も左もよくわからない私を、帝都でも最大のバザール――市場へと連れていった。
「親友の君を散財させたりしたら地獄に落ちる。
最高級というわけにはいかないが…」そう言って彼が私を連れて来た場所は――バザールの熱気と、こもった香辛料や汗の臭い、そして市街からの甘ったるい悪臭が淀んでいるような道の突き当たり――そしてその空気に、明らかな鉄錆と排泄物の悪臭、さらに間違えようのない、人間の血の臭気が充満している場所だった。
言葉を失っている私に、親友は笑って目くばせした。
「慣れれば、この臭いを嗅いだだけで勃つようになるさ。
ああ。
安心したまえ――ちゃんと買い取ったら、店のほうできれいに洗浄して香をふってから、連れて帰る…」その時になっても、私は、まだ彼が何を言っているのかよくわからなかった。
だが――その高い塀に囲まれた建物――窓のあるべきところに牙のような鉄格子が並ぶのを見て、そして、鉄格子の奥にあるぼろ布と汚れた肌を見た時――私は、ここが悪名高いあの「奴隷市場」のひとつだと、ようやく悟っていた。
言葉を失っている私の前に、この店の主人が姿を現し、その不自然なまでに艶のいい顔に純粋な友情としか見えない笑みを浮かべて我々に会釈した。
ファルコが、主人と話しだす。
「…こちらの騎士は、私の親友だ。
もし病気持ちや性根腐れを売りつけたりしたら…」「…まさか。
そのようなことをしたら灼熱地獄に…しかし、残念ながら品不足で…」「仕方ない――見るだけ見るかい?君好みのがいたら、値切ってやるから言いたまえ」親友の問いに、私がつられてうなずくと――店の主人は、鉄格子の奥から、ぼろをまとい、鎖につながれた三人の少女を引きずって来た。
金の髪に黒い髪、白い肌に蜜色の体。
そして、絶望すら奪われた顔、瞳、瞳…「…では処女かどうか、お手汚しを…すぐ、香油を用意いたしますので……」